ご案内

まぎれもない大都会の中の、大胆に設計された「箱庭」で、ときおり通る観光馬車の蹄の音や、ひんやりとした芝の感触、手に這いあがってくる小さな虫のくすぐったさを感じてときを過ごす。
日本では「UVケア」の化粧品が売れ、ここ数年は夏でも真っ白にファンデーションを塗って完全防備で外に出る女性が目立つが、ここでは紫外線の害など誰も気にしていないように見える。 白人の皮層の方が紫外線によるダメージは大きいのではないかと思うが、シミ・ソバカスに神経をとがらせている様子はない。

その気持ちはよくわかる。 ニューヨークの住人にとって、夏の空気と太陽は本当に嬉しく、身体を少しでも多く露出することが、それだけたっぷりと幸せを吸収できるような気分になるのである。
夏の夜、幾日か、ニューヨークフィルの屋外演奏会がある。 開演は7時頃だが、この日は夕方から友人同士で食べ物や飲み物を買い込み、大きなシートをもってセントラルパークに繰り出す。
場所は96丁目から入る「ノース・メドウ」。 特大のスピーカーが数多く配置されているので、ステージが見えないほど離れていても音はちゃんと聞こえる。
みんな5時ごろには場所を確保し、早々と宴会を始める。 ニューヨークでは、本当は公園などの公共の場でハードリカーを飲んではいけないと聞いたことがあるが、ワインやビールなどは、この日は誰でも飲んでいる。
誰かが持ってきたモッツァレラチーズが、すごくおいしかった。 そんなことをしているうちに日が傾き、演奏が始まるのである。
軽いお酒を飲んで、ゴロリと横になってクラシックを楽しんでいるうちに、空には星がまたたき始める。 ラガーディア空港を発着する飛行機が、ときおり小さな金属音と鮮やかな色のかすかな光の線を、暮れかかった空に残していく。
一流の楽団の生演奏を、寝転んで聴く気持ちのよさは忘れられない。 9時過ぎ、演奏が終わると同時に、うしろで花火があがる。

これがまた、盛大でとてもきれいだ。 ニューヨークの夏は、一日がとても長く感じられる。
ざつきは公園で本を読むと言ったが、もっと活動的な気分の日であれば、私はジョギングかローラーブレードをしにいく。 ローラーブレードは、英語学校の同級生のTが教えてくれることになっていたので安心して始められた。
公園の南西の角のコロンバスサークルと、真ん中くらいの72丁目の西に、レンタルもしてくれるローラーブレード屋がある。 私は初めての日、Tにも見てもらってローラーブレードを選んだ。
中くらいの値段の、店員が「よく出ている」と言った靴を信用して買った。 もちろん、ヒザ、ヒジ、手のプロテクターも揃えた。
全部で200ドルちょっとだったかな。 セントラルパークには、ローラーディスコのようになってみんなが踊っている広場や、フィギュアっぽい技を楽しむ場所、また、赤いとんがり帽子型のコーンを一定間隔で置いて、ジグザグの技術を見せたりするゆるやかなスロープなどが自然発生的にできている。
休日は周回道路が車両通行止めになるので、ローラーブレーダーと自転車は、一周10キロほどのコースを楽しむこともできる。 最初に私が行ったのはフィギュアの場所だった。
初めて靴をはき、どうにか立った。 子どものころちょっとスケートをしたことがあるから、歩くことはできたが、ローラーブレードは摩擦がとても少なく、今までのどんな「滑り」系のスポーツよりもツルッルして怖かった。
それと、転ぶとものすごく痛いのも、このスポーツのイヤな点だ。 「お尻にエアバッグが欲しい!」と何度も思った。
ちょっとのデコボコでもすぐ足を取られ、ほんの少しのスロープでも、すぐブレーキをかけようとした。 ブレーキは右足のかかとについている。
左脚を曲げ、右脚を半歩前に出してかかとで止まる方法を、Tが教えてくれた。 うまくなると、三角形のゴムのブレーキをはずしてしまって、車輪を横向きにして止まるのがカッコいいとされている。

しかし下手なうちは、必死にブレーキを地面に押しつけても、うまく体重移動ができず、止まれないのである。 3回目くらいで、初めて一人でセントラルパーク一周にチャレンジしてみた。
これは無謀であった。 まだ徒歩でも行ったことのなかった北の方は、結構きついアップダウンがあった。
上りでは、走っている人にどんどん抜かれた。 汗だくになって登っていった。
私は何のためにこんな物をはいているのかと思った。 下りでは、特にカーブなど転げ落ちてしまいそうで怖くて、坂のほんの上の方で、すぐブレーキの態勢になり、へっぴり腰になった。
どうにか1周回ったが、それからは比較的なだらかな、南半分だけを回ることにした。 暖かい季節の休日には、この周回道路は、ローラーブレーダーとサイクリストとジョガーの流れが絶え間なく続く。
1度、混雑しているときに転び、すぐうしろから来た、私よりもっとへたなアメリカ人のおばさんに突っ込まれた。 その人はプロテクターをしていなかったので、ヒザをひどく擦りむいてしまった。

こういうとき、アメリカ人は「訴える」とか何とか言うのだろうか、と内心ヒヤヒヤしたが、私がまず相手の状態を気づかってあやまると、その人は自分も悪かったと言い、何の文句も言わずにキズを洗いにいった。 たいしたことがなくて、本当によかった。
実は、そのときに私もヒジをかなり擦りむいていた。 その日に限って、ヒジだけプロテクターをしていなかったのである。
それまで、転んでもヒジだけは打たなかったから。 しかし、その日は少し自信が出て、スピードもあがっていたから、ヒジもしこたま打ったわけである。
こんなふうに血みどろになっても、1人でローラーブレードの練習に精を出していたのにはワケがあった。 Tが夏休みで日本に帰ってしまったので、私はNという大学生の男の子に、ときどきローラーブレードを教わっていたのである。
Nはニューヨーカーとして私より3か月しか先輩でなかったが、春から夏にかけて、ローラーブレードをかなり熱心にマスターしたようだった。 彼もコロンビアの英語学校の同級生の1人で、Kの4年生を1年間休学して、まず英語を学び、その後はスペシャル・スチューデントとしてニューヨーク大学で経営学などを勉強していた。
近くに住んでいたので、たまに私が声をかけると、ローラーブレードや食事に付き合ってくれた。 彼はKの会長をしていて、政治や経済などの話題が好きだったから、ときどきうちで夜中まで話していったりもした。
学生と社会人の立場や年齢の差など感じないで、私は彼との会話や一緒にいる時間を楽しんでいた。 『B』を映画館で最初に見たとき、私はもう大学を出て働いていたのに、彼はまだ小学生だったことがわかっても、驚きはしたがさほどショックではなかった。
おなかがすぐと、私は8年間の結婚生活で3回くらいしかしたことのなかった、納豆や味噌汁の簡単な食事を作ってあげたり、ということを、半年で7〜8回はした。 13歳も若い人と仲良くすると、自分まで若くなったような気がした。
心がときめき気分が晴れた。 しかしローラーブレードに関しては、私にはいつも不安がつきまとった。


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